065 「記憶のひきだし」

 

長野 真紀子 Makiko Nagano

素   材:大理石/ステンレス
実物寸法:滑り台120×45×200cm  家50×30×42cm

祝祭
大切にしたい風景がある

 幼いころに遊んでいた公園や並木道を通りがかった時、現在の私がその場に存在し、目の前の風景を見ているが、そこに見えたものは、過去そこで遊んでいた私の記憶だった。
 記憶が風景を覆っていた。その場に存在するものは現在の自分の意識より過去の記憶が強い事を感じた。他の街には感じられない、その場にだけ存在している記憶がある。時間がたってもその場には温かな記憶が存在していた。
 住んでいる家には、沢山の記憶の引出しがある。
家の階段に一段ずつ描かれた落書き、庭にあるレンガ、本棚の空き空間、昔は手が届かなかった洗面所の蛇口、天井の板の木目、家という空間は、時間も含んだ現在も記憶を蓄積し続ける存在である。滑り台は私にとって、過去毎日の様に遊んでいた遊具の一つだ。滑る以外にも見張り台や高鬼、秘密基地、待ち合わせ場所にもなっていたが、今は近くを通り過ぎるだけで触れることは無くなっていた。私にとって、記憶の蓄積を止めた風景になっていた。
 作品の素材に、石材を使用し、石の持つ内在された長い時間の蓄積により、見る人の記憶を想起させる装置として使用した。子どもの頃の目線は低く、滑り台を見上げる際、大きさを感じた。大人になると目線も高くなり滑り台にさほど大きさを感じなくなった。見る人に、子どもの頃の記憶を想起させる為、滑り台の上体を細め、大人の高い目線でも遠近感を感じるように、高さが出る形態にした。階段の数は国立市の創立が48年(2015年度)にちなみ、48段の階段を1年1年の積み重ねの意味を含め制作した。家の形には貫通した扉を掘り、滑り台と扉を向かい合わせにする事で、現在も蓄積し続けている記憶と過去の記憶との関係性を表現している。
 この作品を見ることで人が持っている記憶が想起され、この街が私達と共に有り、幸福感を与えてくれる場の証明になることを願い制作した。